アニメ「トム・ソーヤーの冒険」に登場する野球シーンについて

 突然ですが、これからアニメ「トム・ソーヤーの冒険」に登場した野球シーンについて、こまごまとしたことを書きたいと思います。最近「世界名作劇場」がマイブームの為、未見の「アンネット」と「カトリ」を借りるべく、僕は図書館に足を運びました。残念ながら両作とも貸し出し中だったのですが、代わりに借りた「トム・ソーヤーの冒険」を観ていたら、なんと第2話でトムたちが野球をやっているではありませんか!

 ある日の放課後、野原で野球に興じていたトムたちの元に、彼の友達で道具屋の息子のベンという子が「本物の野球のボール」(光ってますね)を持ってきます。父親の店にあった物を、ベンがひとつ失敬してきたのでした。

 それまでトムたちは「布っ切れで作った」ボールを使っていた為、本物の野球ボールを羨望のまなざしで見つめます。このボールにまつわる騒動を描いたのが『トム・ソーヤーの冒険』第2話「ごきげんなペンキ塗り」というお話です。

 『トム・ソーヤーの冒険』(以下『トム』)はアメリカ人作家マーク・トウェインが自身の少年時代の体験を元に創作した物語であり、ネットで調べたところ、その時代設定は作者の少年時代に当たる1840年代頃であるというのが、有力な説であるようです。

トム・ソーヤーの冒険―トウェイン完訳コレクション (角川文庫)

トム・ソーヤーの冒険―トウェイン完訳コレクション (角川文庫)

 冬コミで出した『大正野球娘。』の合同誌『麻布二十四景同人戯』に載せた僕の記事「日米女子野球小史」には、野球の誕生は1845年、NY在住のアレクザンダー・カートライトらによるものであると書きました。『トム』の舞台となったミシシッピー川流域の「セントピーターズバーグ」という町は架空のものですが、ミシシッピー流域ということは、舞台はおのずとミズーリ州ということになります。カートライトのいたNYからは1000キロ以上離れていますが、時期的には野球の誕生とほとんど同じ頃の物語です。ですが、より正確には、それ以前から野球に類似したゲームはいくつか存在していました。その中には「ベースボール」と呼ばれるゲームもあったようです。よって、あの記事の「野球の誕生」というのは、あくまで今日の野球に直接つながるルールで「ベースボール」が始められたのは1845年である、という程度の意味合いです。そのようなゲームは、他にもいろいろな呼び名で呼ばれていました。たとえば、それは「ワン・オールド・キャット」とか「ラウンダーズ」とか「タウンボール」といったものでした。『ベースボールと日本野球』(中公新書)という本によれば、ラウンダーズやタウンボールに使われたボールは、靴下やボロ布を丸めた程度の物だったという話です。
 
ベースボールと日本野球―打ち勝つ思考、守り抜く精神 (中公新書)

ベースボールと日本野球―打ち勝つ思考、守り抜く精神 (中公新書)

 バットには、しばしば船のオールが使われていたともあります。ご覧の通り、トムたちが使用しているバットも、オールの柄を短く切ったようなものに見えます。

 さらに、当時は投手もアンダースローが一般的であったらしいとのことですが、トムも下手投げをしています。「タウンボール」には塁上での補殺もなかったそうですが、トムたちの野球にも、塁手の姿はありません。

 小学生時代に呼んだきりなので記憶が曖昧ですが、原作にはトムたちが野球をするエピソードは存在しなかったと思います。おそらく、この野球シーンは、アニメスタッフの手によるオリジナルのものでしょう。当然、脚本段階から「野球」という名で登場していたものと想像されますが、アニメ版『トム』がアメリカで放映されることになったら、吹き替えではなんと呼ばれるのでしょうね? 「タウンボール」か、はたまた「ラウンダーズ」か、ちょっと気になるところであります。
  最後に余談ですが、アニメ版『トム』の音楽を担当された服部克久氏は、アニメ版『大正野球娘。』の音楽を担当された服部隆之氏の実のお父様であります。