神谷不二『朝鮮戦争 米中対決の原型』

 ※この記事は、次のフラッシュをご覧になられた上で読んでいただくと理解しやすくなると思います。
朝鮮戦争
前編http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Studio/4559/koreawar1950.html
後編http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Studio/4559/koreawar1951ver2.html

朝鮮戦争―米中対決の原形 (中公文庫)

朝鮮戦争―米中対決の原形 (中公文庫)

 古本屋で買った朝鮮戦争本を読了。今回手にしたのは1990年の中公文庫版ですが、中公新書から初版が出たのが1966年だというから、もう40年以上前の著作になります。新書版が発表された当時は

朝鮮戦争アメリカの意図に出た南朝鮮から北朝鮮への侵略であるというイメージがひろくもたれている。ひところは、北から南への大規模な攻撃が戦争勃発の真相だなどといおうものなら、白眼視されかねない空気さえあった。 (本書12ページ まえがきより)

というのだから、ホント、現在とは隔世の感がありますね。文庫で200Pちょっとの本ということもあり、朝鮮半島を中心とした国際情勢を俯瞰的に見た記述が中心となっています。よって、戦場の空気やら民衆の受難やらはあまり伝わってきません。ですが、あえて触れなかったのも本書が発表された当時の時代背景・あるいは執筆意図を鑑みれば、妥当な判断だったのでしょう。引用文にもあるように、当時はまだプロパガンダ的な言説がはびこっており、個人の体験を冷静に検証するのは難しかったのだろうと思います。冷戦の真っ只中に書かれただけあって、出典資料はアメリカ側の政府文書や政治家・軍高官の手記が中心になってますが、筆者は共産勢力の側についても安易な妄想・当て推量を排した著述を試みようとしており、かなり信頼のおける記述になっているのではないかと。副題を「米中対決の原形」としている辺りにも、今日の世界情勢に繋がる著者の先見の明を感じさせますね。
 よく「戦争は国家間相互の誤解によって起こる」といわれますが、この戦争ほどそれを体言している戦争も珍しいんじゃないかと思います。米国の「朝鮮半島放棄論」*1を真に受け、モスクワの了解を受け(ていた、とされています)南進を開始する金日成北朝鮮ソ連製T34戦車を有する北朝鮮軍相手に、ただの一台も戦車も有していなかった韓国軍はたちまち敗走します。安保理決議を受け、救援に駆けつけたアメリカ軍を中心とした国連軍も、一時は半島南端、釜山周辺まで追い込まれますが、北朝鮮軍の向背に当たる仁川への上陸作戦を成功させたことで、なんとか形勢挽回。開戦前の軍事境界線にまで兵を進めます。ここでやめときゃいいのに、勢いづいたマッカーサーは38度線を越えての北進を指示*2。彼に引っ張られる形で、なし崩し的にこれを認めてしまうタナボタ大統領トルーマン*3。前線が自国の国境線周辺にまで近づくと、今度は慌てた中国共産党が抗美援朝義勇軍*4を送り込み、人海戦術でふたたび戦線を38度線の向こうまで押し返す。これ以降、二年後の停戦合意まで、戦況は一進一退、膠着状態に陥ることに。東西両陣営とも、相手の発言を真に受けたり、逆にブラフだろうと思い込んだり、とにかく読み違いが多いんですよね。自分抜きで、米中間で勝手に停戦合意が為されたのが不服で、駄々をこねて停戦協定にサインをしなかった(内容自体は承認しましたが)李承晩*5なんかに至ってはもう……。
(どうでもいい余談)この本を書かれた神谷不二先生、もうお亡くなりになられているようですが、晩年は大正野球娘の東邦星華女学院のモデルにもなった東洋英和女学院(の女子大)で教鞭をとられていたようです。

*1:当時の米国務長官アチソンによる「アジアにおけるアメリカの防衛線はアリューシャン列島・日本・沖縄・フィリピンを結ぶ線」との声明など。

*2:彼個人としては中国領内の工業地帯への空爆、あるいは核を使用しての国境線封鎖も辞さい考えだったとか。あーこわ。

*3:彼は大戦中、前任のルーズベルトが任期をまっとうすることなく病死したことで大統領に昇格した元副大統領でした

*4:「美」とはアメリカのこと。義勇軍を名乗ってますが、実質人民解放軍です。スペイン内戦時のナチスドイツのコンドル軍団のように、正規軍が名目上の理由から義勇軍を名乗るのは珍しくありません。

*5:大韓民国初代大統領。自国の経済的発展より、反共・反日政策に御執心だったお方。