映画の描いたスペイン現代史「ミツバチのささやき」(その1) 〜「内戦」との出会い『カタロニア讃歌』〜
スペインの映画監督、ヴィクトル・エリセの代表作「ミツバチのささやき」はふたつの意味で僕にとって特別な意味を持つ作品です。第一に、この作品はスペインの近現代史を、とりわけスペイン内戦(1936-1939)を作品の重要な背景としている、という点。(スペイン内戦といわれても、あまりピンとこない方の方が多いでしょうが、ピカソが「ゲルニカ」で描いたあの戦争だといえば、多少はイメージの助けになるのではないかと思います)第二に、僕の大好きな作品である片淵須直監督の映画「マイマイ新子と千年の魔法」が、この作品をリスペクトしている、という点です。「スペイン内戦」も「マイマイ新子」も、僕に取っても非常に身近で興味のあるキーワードなのですが、初回となる今回は第一の点から、この作品について語ってみたいと思います。
この戦争に義勇兵として参加したイギリス人作家ジョージ・オーウェル*1は、自身の体験を元に綴ったルポルタージュ『カタロニア讃歌』の中で、部外者から見たこの戦争の様子を活写しています。僕が本格的にスペイン内戦に興味を持つきっかけとなったのが、この本との出会いでした。
- 作者: ジョージオーウェル,George Orwell,橋口稔
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2002/12
- メディア: 文庫
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労働者階級が権力を握っている町に来たのは、ぼくにはこれが初めてだった。ほとんどすべてのビルディングが、労働者によって占拠され、その窓からは赤旗が、アナーキストの赤と黒の旗が垂れていた。壁という壁には、ハンマーと鎌や、革命党の頭文字が描かれていた。教会はみな破壊され、聖像は焼かれていた。教会の破壊はあちこちで、組織的に労働者の手で行われていた。商店や喫茶店は、みんなその店が共同所有に移された旨を明らかにしていた。靴磨きでさえ箱を赤と黒に塗っていた。給仕や店員も客を対等に扱って。下手に出たりはしなかった。(中略)チップは法律で禁じられていた。エレベーターボーイにチップをやろうとして、ホテルの支配人に叱られたのは初めてだ。橋口稔訳 ちくま学芸文庫版19〜20P
スペイン内戦は、1936年当時、この国の政権を握っていた左派諸政党の連立政権・通称「人民戦線政府」への反発から、軍部内の右派勢力が決起したことによって始まりました。当初は、純粋に短期間での政権奪取、クーデターを志向したものだったのですが、首都マドリードやバルセロナといった都市では、意外なことが起こりました。決起した軍の部隊を市民有志による民兵隊が制圧してしまったのです。民衆が軍隊を倒すなんて、日本人にはちょっと想像しづらい光景ですよね。*2上で引用したバルセロナの町の様子は、そんな状況を反映してのものだったのです。しかしながら、地方では右派の決起が成功した地域もあり、スペインは左右両勢力により、従来の共和国政府スペインと反乱軍の軍政下スペインの二つに分断される形になりました*3。
さて、今回も話が長くなりそうなので、内戦の推移については、こちらのフラッシュを参照してただきたいと思います*4。
内戦http://www.geocities.jp/napowhis01/spain.html
ご覧のように、この戦争は1939年反乱軍側の勝利で幕を閉じましたが、内戦がスペイン社会に残した傷跡はあまりにも大きなものでした。以降の数十年、スペインは停滞のうちに時を重ねていくことになります*5。「ミツバチのささやき」はそんな終戦直後の時代、1940年のカスティーリャ地方の田舎町から物語が始まります。